東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)119号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕<前略> 一 特許庁における手続の経緯
原告は、実用新案登録第五八九、二九五号「スピードスプレーヤー」なる考案(昭和三四年三月一七日実用新案登録出願、昭和三七年六月二五日公告、昭和三九年一二月一七日登録)の登録実用新案権者であるが、昭和四〇年一〇月二日被告から本件登録実用新案の登録無効審判の請求がされ、昭和四〇年審判第六、三九四号事件として審理された結果、昭和四三年七月九日、本件登録実用新案の登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は、昭和四三年八月七日原告に送達された。<後略>
〔判決理由〕1 本件登録実用新案の公報によると、「本案は薬液タンク、薬液噴出管および送風機を一台の自走する車体の上に積載して、その車体の原動機を利用して薬液噴出管のポンプおよび送風機を回転するものであつて小型、軽量化を意図した高性能のスピードプレーヤーに関するもので操縦席を有する車体に、薬液噴出管をその開口部に配置した薬液撒布用送風機を装置した薬液タンクを積載すると共に原動機を搭載し……て成るスピードスプレーヤーの構造を要旨とする。」との記載、「従来、使用されているスピードスプレーヤーは送風機、薬液噴出管等を有する薬液タンクとこれが送風機駆動用エンジンならびに薬液圧送用ポンプを一個の車架即ち一台の車体に積載してあり、トラクター等の牽引車に連絡して使用に供するものであるが、これにあつては、必然的に大型、長尺となり、狭少な果樹園、農園等の使用には全く適さない欠点があつた。本案は叙上の点に着目して成されたもので、全体を小型低位にして狭少な場所での使用に充分たえ得る高性能なスピードスプレーヤーを提供せんとするものである。本案は叙上のように操縦者が乗ることのできる車体、即ち自走できる車体に薬液タンク2が積載されかつその背部に設けられた薬液撒布用送風機4の開口部に薬液噴出管3が装置され……」る旨の記載があること、「車架」なる語は説明中の前記個所以外では全く用いられておらず、「フレーム」なる用語は全く使用されていないことを認めることができる。
2 また本件登録実用新案の公報の図面には、薬液タンクの取付台と目すべきものが図示されていることが認められる。
3 ところで、<書証>によると、車体とは、普通、人と荷物を載せる部分を指称するものであり、シャシ、すなわち、一般に、機関、動力伝達装置、車軸、操縦装置、フレーム(シャシ全体の骨格となる部分)およびばね装置の各部分から成る、自動車が走行するのに必要なすべての部分とは異なる趣旨で用いられる語であることを認めることができる。
4 以上の諸事実を総合して考察すると、本件登録実用新案は、「操縦席を有する車体1に、薬液噴出管3をその開口部に配置した薬液撒布用送風機4を装置した薬液タンク2を積載すると共に原動機aを搭載すること」をその構成要件の一とするものであるが、右にいう「車体」が前記3において認定した「車体」を意味するか、または「シャシ」ないし「フレーム」を意味するものであるかの詮索はしばらくおくとしても、叙上の構成要件は、従来一般のスピードプレーヤーが送風機、薬液噴出管等を有する薬液タンクおよび送風機、薬液噴出管等の駆動用エンジンならびに薬液圧送用ポンプを一台の車輛に積載し、これをこの車輛とは別個の、牽引用原動機を搭載した車輛に連結して使用する構成をとることにより大型、長尺となる不利益を、一台の自走車に薬液噴出管および送風機を搭載する構成とすることによつて解消しようとする考案であつて、要は薬液タンク2を操縦席を有する自走車に搭載することに意義があり、その搭載について、これを車体またはシャシに直接取り付けるか、取付台を介して搭載するか、または適宜の機枠を介して搭載する(換言すれば、車体に機枠を取り付け、この機枠に薬液タンクを搭載する)か等その搭載の態様方法を問わず、これらのすべてを包含する考案であると解するのが相当である。
5 他方、引用例に「車体に、薬液の噴霧管38を開口部に配置した送風機が装備されている薬液タンク18を原動機と共に搭載」するスピードスプレーヤーが記載されていることは当事者間に争いがなく、引用例は、自走するトラクター10にフレーム12および16を固定し、これに送風機(ファン・ハウジング)78および薬液タンク18を搭載する構成であることを認めるに十分である。
6 そうすると、本件登録実用新案の叙上構成要件は引用例のこの点に関する構成と異なるものではないから、この点につき差異がないとした本件審決の認定は違法ではない。
(二) 原告の三の(二)の主張について
1 本件登録実用新案の登録請求の範囲には、「原動機aに薬液噴出管3の薬液圧送用ポンプ11送風機4の回転軸5ならびに車体1の車輪9をそれぞれ変速機7、7を介して連結して成るスピードスプレーヤー」なる記載があり、また、その実用新案の説明の項には、「4は薬液噴出管3に設けた薬液撒布用送風機、5はその回転軸を示し、ユニバーサルジョイント6を介して原動機aに連結した変速機7と接続する。8は後輪9の駆動軸で変速機7と連結され、チェンジレバー7’により後輪9とファン回転軸5とを同時にまた各別に作動させるように構成してある。」、「車体を動かす原動機aによつて送風機4の回転軸5ならびに薬液噴出管3のポンプ11を駆動するものであるから全体の形態が極めて小型となりしかも原動機aによる回転の伝達はそれぞれの変速機7、7を介して行なわれるのでチェンジレバー7’、7’により車体の進行、停止の調節はもとより噴霧状態の調節も自由にしかも簡単に行うことができる。」の各記載があることが認められる。
2 叙上の認定事実に図面の記載を参酌して審案すると、本件登録実用新案は、原告主張のように、車輛の変速に用いる変速機7と薬液撒布用送風機の回転軸の回転を調節する変速機7との二個の、各別に作動する変速機を並列的に設けることを構成要件の一とするものであり、したがつて、また、本件登録実用新案は、かかる構成をとる必要上、これらの変速機と原動機aとの間にトランスファケースを位置させる構成を前提としているものと認めるのが相当である。
3 ところで、ジープまたはトラクター等農業用各種作業機械において、原動機の後に変速機、その後にトランスファーケースが置かれ、該トランスファーケース内で分岐された二個の回転軸のうち一個は走行用駆動軸、他の一個はPTO(動力取出軸)となるという構造が本件登録実用新案の出願前公知であつたことは、原告も自陳するところである。そして、<書証>の記載および原動機の後変速機の前にトランスファーケースを置き回転軸をまず二つに分岐した後に変速機を設けて変速する機構は前述したジープ等の構造における変速機とトランスファーケースとの位置関係を逆にしたものである事実を総合して考察すると、原動機の後にまずトランスファーケースを置いて回転軸を車輛の駆動軸と動力取出軸とに分岐し、しかる後少なくとも駆動軸の側にいわゆる変速を設けるという構成は、本件登録実用新案の出願当時周知の技術であつたことを推認することができ、この認定をくつがえす確証はない。しかも、従来回転軸の回転を俗にいう変速装置を用いて調節する構成が本件登録実用新案の出願当時慣用技術であつたことは、当裁判所に顕著なところである(たとえば、自動車の変速装置参照)。以上に認定した諸事実を総合して考えると、本件登録実用新案において、車輛の変速に用いる変速機7と薬液撒布用送風機の回転軸の回転を調節する変速機7との二個の、各別に作動する変速機を並列的に設けることおよびその前提としてこれら二個の変速機と原動機aとの間にトランスファーケースを位置させる構成とすることは、前述した周知技術および慣用技術から当業者が容易に推考しうる程度のものと認めるのが相当である。
4 さすれば、この点に関する本件審決の判断はその過程においていささか妥当を欠くうらみなしとはしないが、本件登録実用新案の進歩性を否定した本件審決の認定は結局において正当であり、これを違法とすることはできないものといわなければならない。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、原告の本訴請求を棄却する。
(服部高顕 石澤健 奈良次郎)